ショパンの左手とは?

 
 

彫刻家クレサンジェがショパンの死後手がけたもの。
 
 

彼は、腕のある彫刻家であったが、大酒飲みで、暴力的で、借金を抱え込んでいた。
周囲から評判の良くない人物であり、ショパンもクレサンジェはヤバイ人と思っていた。
後にショパンの恋人ジョルジュ・サンドの娘のソランジュがクレサンジェと結婚する。
それを聞いた時、ショパンは大変心配したらしい。むしろ反対した。
 

クレサンジェは、彫刻のモデルにしたいとサンドとソランジュに近づき、サンドの文学を褒め称えて、上手く取り入り、ソランジュにも言い寄り、口説き落としたそうだ。なぜなら、恋人サンドの財産を狙うためだったからだ!
 

それを知ったサンドは憤慨し、乱闘騒ぎなり、表現は悪いが殺されそうになった彼の逃亡の手助けをしたのがショパンである。それが原因でショパンとサンドは破局。10年余りの同棲生活に終止符を打った。
 

だから、クレサンジェはショパンに多大な借りがあった。
そのせめての恩返しが「左手の彫刻」だったかもしれない。
 
 

このデスハンドはショパンミュージアムに保管されている!

 

彼が彫刻した「ショパンの左手」の原型は、現在、ショパンミュージアム ( Muzeum Fryderyka Chopina ) ポーランド・ワルシャワのオストログスキ宮殿ジェラゾヴァ・ヴォラ(ショパンの生家),クラシンスキ宮殿(ショパン家のサロン)この3ヶ所にある。オストログスキ宮殿の博物館は2010年3月の生誕200年の記念イヤーに改装済み!
 

実際、ご覧になった方によると、10度がギリギリ届く程度だったのでないかとのこと。
 

横山幸雄によれば、練習曲10-1のように10度以上を多用するのは、ショパン自身がアルペジオで弾いて手の回転をいかに使っていたか推測できるとのこと。
 
 

このデスハンドの複製品が販売されていた!

 

オストログスキ宮殿博物館が2010年3月のショパン生誕200年の記念イヤーに改装された。
 

その際に自筆の楽譜や初版譜、手紙や写真、ピアノなどを展示され、それに伴い、同商品が併設するショップより販売された可能性がある。ひょっとしたら、ショパン死後200年に記念イヤーに再度販売されるかもしれない!
 

2049年。期待!
 


レオノーレというネットショップで買うことができた!(現在売り切れ表示)
 

材質は、クレサンジェが作ったものと同じ「石膏」。
 

この石膏という言葉を聞いただけでファンはゾクゾクするのでは?
2万円近くして勇気がないので買えない(泣)