ルービンシュタイン.ピアニストとは?

 

Arthur Rubinstein(アルトゥール・ルービンシュタイン)。1887年1月28日ポーランド生まれ。
1982年12月20日スイスのジュネーブにて逝去。間違いなく、世界のトップピアニストの一人。
絶対音感と超絶技巧をを兼ね備えた凄腕ピアニスト。
 

 

神童の経歴!

 

1889年 – 2歳の時、姉のピアノのレッスンを聴いて、即座にその演奏を魅惑的に再現。
1891年 – 4歳の時、自ら神童を自覚。
1894年 – 7歳の時、デビュー。
1900年 – 13歳の時、初めてベルリン交響楽団と共演を果たす。
1906年 – 19歳の時、カーネギー・ホールでリサイタル。聴衆に支持されたが評論家から酷評を受ける。
1908年 – 21歳の時、困窮と厳しい借金取りの取立てから、首吊り自殺を図るが失敗。

 
 

実に恐るべき経歴!
 
 

幼少時に音楽家として成功をし、自由奔放に暮らしていたらしい。
 
 

彼の自伝によると、とにかく金遣いは荒かったらしい。
そして女たらしだったらしい。
 
 

そのツケが大人になって一気に!自殺まで追い込む状況になった…。
天才ゆえの苦しい境地?
 
 
 

彼のその後は?

 
紆余曲折を経て…
 

1932年 – 45歳の時、ポーランド出身の指揮者エミル・ムイナルスキの娘であるアニエラと結婚。
1946年 – 59歳の時、アメリカ国籍を取得。
1960年 – 73歳の時、ショパン国際ピアノコンクールの審査委員長を務める。

 

我々の誰よりも上手い!!
 
 

ショパンコンクールで、優勝者であるマウリツィオ・ポリーニ氏に対して残した言葉である。
彼がそういうのだから、相当だったに違いない。
 

恐るべき能力!!

 
1▶︎ 聴覚も非常に発達しており、心の中で全ての交響曲を演奏することが可能だった。
2▶︎ 8ヶ国語を流暢に話していた。
3▶︎ 並外れた記憶力の持ち主で、初見で楽譜を見て、即暗譜で演奏することが可能だった。
 

彼の演奏スタイルの特徴は?

 

極めて雄大かつ豪快。
 
 

技術的に高度な曲目をいかにも難しい曲のように演奏する。
抜群のテンポ感、センス、技術、表現力、どれをとっても超一級品!
 
 

後年の記録映画「カーネギー・ホール」で英雄ポロネーズを披露。
 
 

一台のピアノから轟音が響き渡り、前人未踏の高山に登るような演奏をしていると評される。
 


1964年 – 77歳の時、モスクワでのライブ演奏。すごく大胆かつ生き生きした「英雄」です!
 

彼の好きだった人やモノは?

 
1▶︎ 好きな作曲家:ブラームス
2▶︎ 尊敬した仲間:スヴャトスラフ・リヒテル
3▶︎ 好きなモノ:スタジオ録音
 
ちなみに、1929年、ブラームスのピアノ協奏曲第2番を世界で初めて録音している。